Evidence Based Cooking – 低温調理のすすめ(基礎編)

みなさんは「低温調理」または「真空調理」という調理法をご存知でしょうか。
1970年代にフランス人のシェフが考案したと言われ、一定温度のお湯に食材を沈めて調理する方法です。

十分な時間をかければ、お湯に沈めた食材は外から内部までが均一な温度となるため、食材にムラなく火を通すことが可能です。
お肉を焼きすぎたり、外は焦げ焦げなのに中は冷たい…なんてことが起こらない夢の調理法なのです。

そう、低温調理で調理されたお肉は柔らかくジューシーで、完璧なステーキやローストビーフを作ることが可能なのです。

しかし、注意しなくてはならない点があります。

食中毒です。

低温調理での調理は文字通り「低温」で行うので、適切に行われなければ食中毒の原因となる微生物の温床となってしまうのは想像に難くないでしょう。

しかし!
この記事やこの記事のように、不適切な低温調理がたびたび問題となっています。

ネット上のレシピを見ても、極端に低い温度極端に短い加熱時間の不適切なものが目に付きます。

下の記事でも以下のツイートで触れられていますが、不適切な低温調理によってなにか問題が起きたら低温調理そのものが禁止になる可能性すらあるのです。


低温調理を行うのであれば、最低限の微生物学的な知識を持つ必要があります。

この記事では、可能な限り科学的根拠に基づいた適切な低温調理の方法を考察していきます。

注意
十分にパスチャライゼーション(100℃以下での殺菌)するには、温度・時間だけでなく初期の汚染度も重要となります(付着菌数が多ければ多いほど死滅させるのに時間がかかるため)。
適切な温度と時間で管理することで食中毒の原因微生物の数を減らし、食中毒となるリスクを減らすことはできますが、お肉の汚染度によっては低温調理ではリスクをゼロにすることはできません。
高齢者や乳幼児・妊産婦さんあるいは免疫不全の人など、免疫が低下している人は、十分に加熱された食材を摂取するべきです。

調理とは

調理 = 時間 × 温度

これは、料理を科学的に解説する本 Cooking for Geeksに書かれている一節です。
この本は、Geek(オタク)向けの、好奇心が強く科学的に料理をしたいと思っている方にはとても参考になる良書です。

もし、あなたが好奇心が強くものを作るのが好きなGeekならぜひお手にとってみることをおすすめします。
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閑話休題。
そう、調理は時間温度の関係で決まってくるのです。

調理が苦手な人がよくやる間違いですが、「レシピには『弱火で10分』と書かれていたから『強火で5分』にしたら焦げた!」というやつ。

(苦手ならまずはレシピ通りに作りましょうという根本的な話は置いておいて…)
「調理=時間×温度といったのに、どうして弱火で10分が強火で5分にならないんだ!嘘じゃないか!」と反論があるかもしれません。

これついて説明しましょう。

嘘じゃないですよ。

調理の「温度」とは?

この場合の「温度」とは、「食材の温度」であって、火力ではないのです。

食材によって、熱の通りやすいもの、通りにくいものがあるのはわかると思います。

弱い火力で長い時間食材を加熱すると、食材の中心部まで火を入れることができ、さらに外部は焦げない程度の温度に保つことができるのです。
強い火力で短い時間食材を加熱すると、食材の中心部まで火が入るには時間が足らず、外側は丸焦げになるのに十分な時間と温度を与えることになります。

地図の等高線のように温度ごとにお肉の断面に線を引いた「温度勾配モデル」を考えてみましょう。

弱火と強火で調理した際の温度勾配の違い

弱火で10分のモデルでは、内部まで火が通っている(ちなみにミディアム)一方で、強火で5分のモデルでは、外は焦げているのに中は生のままですね。

かなり簡略化したモデルですが、「時間×温度」の「温度」は、火力ではなく「食材の温度」であることがわかってもらえるかと思います。

調理の難しさの側面として、食材の表面の温度と、内部の温度と、火力という3つの変数があることだと思います。そしてそのうち、変更可能なのは火力のみであり、火力を調節しながら、内部と外部の2つの温度をコントロールしなくてはいけないという点が慣れない人には難しいのでないかと思います。

https://www.cookingforgeeks.com/blog/posts/meat-is-it-done/より引用

なお簡略化しない場合は、肉の熱伝導率やタンパク質の変性速度などを加味して、上の式で理論的に割り出すことができるそうですが、興味のある人は読んでみても良いかもしれません。

私はレシピ通りに作りますが。

低温調理とは

冒頭でも触れました。お湯に食材を沈めて、低温で調理する調理法のことです。
低温調理器としてはANOVABONIQなどが有名ですが、私はシャープのホットクックを使っています。

ホットクックの便利さについては、別で紹介していきたいと思います。

BONIQ公式サイト(https://boniq.store/)より引用
ANOVAやBONIQのように外付けで使用するタイプの低温調理器の例

BONIQ公式サイトから画像を引用してきました。
外付けで使用するタイプの低温調理器では、このようにお鍋にお湯を入れ、ジップロック等の袋に入れたお肉をそのお湯に沈めているのがわかると思います。お湯を一定の温度に保つことで、調理します。


ホットクックでの低温調理の場合は、内鍋に水を入れ、ジップロックに入れた食材を沈め、温度と時間を設定しておけば、自動で調理してくれます。

なぜジップロックに食材を入れてお湯に沈めるような、一見すると面倒なことをするのかといいますと、低温調理には圧倒的なメリットが1つあるからです。

さきほど「調理=時間×温度」だと言いましたが、低温調理では食材の温度勾配を均一にできます。

従来の調理法と低温調理法での温度勾配モデル

また簡略化した温度勾配モデルですが、低温調理では外側が焼けすぎることも、内部が生すぎることもなく、ムラなく均一に火を通すことができます。
これが低温調理のメリットです。

調理に重要なのは、「時間×温度」であると理解してもらえたと思います。
そして、低温調理が内部まで均一な温度にするのに適した調理法であるということも説明してきました。

次は、理想のローストビーフあるいはステーキを作るのに、どういった温度と時間を選択すればよいかを考えていきたいと思います。

長くなってきたので一旦本記事は終わりにして、次回の記事で低温調理の「時間×温度」について科学的に考えていきたいと思います。