Evidence Based Cooking – 根拠に基づいた低温調理でサラダチキンを作る

実際に作ってみよう

サラダチキンを作ろう

前置きが長くなりましたが、部位・温度・線維との関係からサラダチキンがぱさぱさになる理由(またはそれを防ぐことができる理由)について検証してきました。

前の章の繰り返しになりますが、
サラダチキンをぱさぱさにしないためには、60~65℃が最適温度と言えます。

しかし、低温での調理による不十分な加熱では殺菌効果は低下し、食中毒のリスクが高くなります。
この章では、調理の温度を最適に保ちつつ、十分な加熱殺菌を目指します。

ここからは実際にサラダチキンを作っていきたいと思います。

鶏むね肉

鶏むね肉約300gです。

鶏肉で気をつけるべき菌

鶏肉で主に問題となる汚染菌は、カンピロバクターやサルモネラです。
詳しい話はこの辺を参照していただくとして。

カンピロバクターは、約60%の鶏肉から検出されます*2
報告によってばらつきがありますが、検出率が100%のものもあるので、ほぼ汚染されていると見て間違いないでしょう。

サルモネラは、食品安全委員会の調査で約40~70%の鶏肉から検出されます*3
牛や豚と比較しても鶏肉の汚染率は高く、こちらもほぼ汚染されていると見ていたほうが良いでしょう。

温度と時間を決めよう

D値・Z値や殺菌基準などの詳しい話はこの辺に書いてあります。

以下の計算フォームは、日本の食肉の殺菌基準である「63℃で30分と同等」の調理時間を計算できるものになります。
Z値は8のままで通常問題ありません。



私は今回は65℃で作ろうと思います。
60~65℃の範囲であれば、この辺りは正直ただの好みです。

上のフォームを使って計算すると、63度で30分と同等の加熱時間は、65℃では16.87分となりました。
多めに四捨五入して、65℃で20分加熱するとしましょう。

この加熱時間の注意点は、肉の中心部の加熱時間です。
ぶ厚いお肉は、薄いお肉に比べて中心の温度は上がりづらく、不十分な加熱となりやすいです。

特にカンピロバクターは、加熱によって比較的速やかに殺菌されるにもかかわらず、嫌気性菌であるためお肉の表面から繊維の奥に入り込んでいくので、肉の中心部まで加熱されていないと食中毒になるリスクは上がります。

肉の中心温度が上がるまでの時間を求めよう

肉の中心温度と時間

このグラフは、お肉の厚さ別に肉の中心温度が目標温度まで到達する時間を表しています。

厚さ3cm程度であれば約30分、5cmでは60分かかります。
ちなみにグラフでは切れていますが、厚さ10cmのお肉では220分ほどかかります。

鶏むね肉は、厚い部分と薄い部分があるお肉ですので、そのままでは火の通り方が不均一になりかねませんので、観音開きにして厚さを均一にするのが良いと思います。

観音開き

先程の鶏むね肉の厚かった部分を観音開きにして、全体で3cm程度になりました。
上のグラフでは、3cmの肉の中心が目標温度まで到達するために要する加熱時間は約30分です。

加熱に要する時間 + 殺菌時間 = 調理時間

さて、調理時間を決めましょう。
調理時間は、加熱に要する時間と殺菌時間を足したものになります。

殺菌時間は計算フォームから求めた65℃で20分、加熱に要する時間はグラフから求めた約30分です。
つまり、50分ほどの調理時間が最低でも必要になります。

実際には、温度の上がりが均一でなかったり設定温度と誤差がある可能性があるので、理論値の1.5倍程度した時間加熱する方がより安全でしょう。

ということで、50分の1.5倍で調理時間は65℃で75分と決定しました。

無事に調理時間が決まったところで、下味をつけていきます。
鶏肉は淡白なので、塩だけでなくハーブなどの香草系と相性がいいですね。

私は、マジカルスパイスを使用しています。

岩塩やいろいろな種類のスパイスがミックスされていて、和・洋・中問わずこれを振っておけば味が決まるスグレモノです。
最初は貰い物でしたが、一度使って以来リピートしています。
本当におすすめします。

低温調理しよう

ハーブや塩などをつけた鶏むね肉を、低温調理ではおなじみのファスナー付きプラバッグに入れます。

ジップロック

私はジップロックをつかています。
別に「ジップロック」じゃなくてもいいのですが、ジップロックは耐熱100℃なので余計な心配がなくて済みます。

以前は耐熱70℃の安いものを使っていたのですが、耐熱温度ではなくても60℃台で数時間キープすると袋に穴が空いたり溶けてる?と思うようなことがあったので、多少値が上がっても安全のためにジップロックにしています。

安くても耐熱がしっかりしているものなら何でもいいです。
耐熱性、手に入りやすさ、容量などを考えた結果、結局ジップロックに戻りました。

低温調理には自動調理器のホットクックを使っています。
ホットクックは低温調理だけでなく様々な料理を作れてとても便利なのですが、その話は別の機会にします。

鶏むね肉をジップロックに入れて、少量のオリーブオイルを入れて袋の口を閉じます。

ホットクックの内鍋に水を入れて、ジップロックを沈めて袋の中の空気を抜きます。

少量の油を入れる理由は、油分で表面をコーティングすることでしっとり感が出るからです。
いくら肉質を保っても鶏むね肉はそもそも油が少ないので、しっとり感を出すためにほんの少量サラダ油やオリーブオイルを追加しています。

低温の油で調理するコンフィがしっとり仕上がるのは、油で調理したからではなく低温で調理するからにほかなりません。
実際、”Modernist Cuisine”の生みの親、Nathan Myhrvold氏は、低温調理など他の温度管理された方法で調理した後に油でコーティングしたものは、本当のコンフィと見分けがつかないと主張しています。
というか、油みたいな分子量の大きい物質がお肉に染み込むわけ無いでしょう!

調理後に少量のサラダ油やオリーブオイルを塗るでもいいとは思いますが、汚れたりするのが面倒なので、ジップロックに最初から入れてしまいます。

ホットクックでは低温調理モードが搭載されています。
「発酵・低温調理をする」を選びます。

使用しているのはKN-HW24C。
結婚した際に買いました。2~6人分の調理ができる内容量2.4Lの大きいサイズです。

低温調理がしたくて購入したと言っても過言ではないです。
ANOVABONIQなどの低温調理器と比較すると高価なため迷いましたが、「低温調理だけできる」よりも「低温調理できる」ところに魅力を感じてホットクックにしました。

夫婦共働きで、私は看護師なので夜勤前後など寝ていたいときなどは食材を突っ込んでおけば火の管理をしなくても良いホットクックは重宝します。

あまりに便利なので、結局作り置き用に内鍋を2つ持っています。

最新式のものは、省スペースになり、「煮詰める」機能があったり、内鍋がフッ素加工がされてこびりつきにくくなったりと進化を遂げていますね。

先ほど決めた温度に設定します。
ここでは私は65℃にしました。

ANOVAやBONIQなどの低温調理器では、鍋などに水を入れて温度を設定します。

計算上必要なのは「65℃で75分」でしたが、ホットクックでは1時間を超えると1時間毎にしか設定できないので、2時間にしてスタートを押します。

その辺り、ANOVAやBONIQなどの低温調理器では細かく時間を設定できますね。

ホットクックなので後は“ほっとく”だけです。

2時間経って出来上がったものがこちらです。

出来上がった後は、加熱の延長による肉質の悪化や温度の低下による食中毒のリスク増加を防ぐために速やかに食べるか冷やすかしましょう。
今回はすぐには食べないので冷蔵庫へ。

朝のサラダで食べる際に切った断面です。

65℃という低い(※低温調理としては高い)温度での調理で不安かもしれませんが、中心部まで均一に火が通っており、生焼けの部分が無いことがわかります。

温度と時間の関係さえ知れば、きちんと火を通す事が可能なのです。

朝のサラダに一緒に盛り付けて食べましょう。
盛り付けは苦手ですが、サラダチキンの味には影響ありません。

これが雑然たる整然です。

柔らかくしっとりしていて、
ぱさぱさのパの字なんて1ミリもない美味しいサラダチキンになりました。